9年間購読し続けていた雑誌がどうやら10月末で廃刊になるらしい
まだ正式ではない、ただまあもう定期購読の申し込みは出来ないし確定ではあろう。
その系列誌はここ1年で2つ廃刊になっているし頭の片隅でもしかしたら
と思いながらも毎月のルーティーンのように買い続けていたらこれである。
正直信じられなかった、当たり前だが先月号を読んでも何も書いていないのだ
ただ最終回ラッシュ+来月号の予告が最終回ラッシュで廃刊受け入れざるを得ないのだと実感した。
受け入れた瞬間、悲しいではなく時間の経過にただただショックを受けてしまった
9年というのはあまりに長い、9年もあれば小学一年生の子供が高校を卒業してしまう
自分も10代だったのにいつの間にかアラサーである、本当にどうなってんだ。
今月末嫌でも最終号が発売される、どんな気分で読めばいいかわからないし
何もかも唐突すぎて感情が追い付かない、どんな感情で読めばいいだろう。
その後ふと寝る前に考えてしまったことがある。
過去何かが終わるとき自分はどんな感情だっただろうか、
好きなラジオが終わった時、帯番組だったのだが最後の週は毎日泣いていた
そして最後のイベントの時も終盤ずっと泣いていた。
それは自分のある意味青春といっても過言ではなかったからだ。
ある漫画が最終巻を迎えた時、その時はハッピーエンドだったし
とても晴れ晴れとした気持ちでいっぱいであったし、作者の人への感謝に溢れていた。
あるライトノベルが終わった時、その時は作者の人が完結を前に亡くなった
厳密にいえば本編は無事完結したのだがスピンオフは亡くなった事により
たった1巻しか出ることはなかった、「After 1」とナンバリングされたタイトルを見て
作者の人はその後の展開をどう練っていたのか、もう二度と読むことは出来ないのだと思うと
お話はとても温かみに溢れる話だったのに悲しい思いに苛まれてしまった。
思えば負の感情が勝っていることが多い、そりゃ終わりだし当然といえば当然だが。
今あるソーシャルゲームのシリーズを熱心に追っている、
毎日やっているし、CDも買っている、ライブにも行った、勇気を出してオフ会にも行ってみた。
楽しいのだ、まあ思うとこもあるがかなり楽しいのである。
当然それにも終わりの日は来る、これは平家物語の冒頭にも書いてあることだ。
終わりの日に自分はどんな感情でそれを受け入れるのだろうか。
わからない、でも今度は「笑ってサヨナラ*1」出来るようにしたい。
終わり。